2019.11.14 Thursday

『眞九郎』その2

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    さて、ファースト・アルバムでの音作りに際して意図した事は、あまり作り込んだ感じにはしないでおこうという事だ。

    時代に逆行しているともいえるが、クリックを使ったのは10曲中2曲。メンバー4人、せーのでベーシックを数テイク録り、そこからいいところを繋いだり編集してベーシックのマスターを作る。その後、仮で録っておいたギターを差し替えたり重ねたりしていった。

    1. 「タフ・ロード・アヘッド」
    7/8と8/8の複合拍子によるファンク。途中のファズ・ギター・ソロのみレギュラー・チューニング。それ以外はGCチューニング。

    2. 「ブロークン・ファンク」
    ZUM時代からのオリジナル。基本7拍子だが、部分的に11拍子になる。
    メロディやコード・カッティングを2本のギターで分け合う、ギター・クラフトでいうところの「サーキュレーション」を応用。

    3. 「テイク・イット・イージー」
    これも7拍子。これの3ヶ月前に出来た前作「タフ・ロード・アヘッド」に比べたら、簡単だろうという事でついたタイトル。ギター・スタイルは我がギター・ヒーロー風に弾いてみた。ソロの半分はレギュラー・チューニング。キーボード風のバッキングは秦野によるギター。

    4. 「かくれんぼ〜冬の散歩道」
    「かくれんぼ」は今作収録中最も古く、20代半ばの頃に自宅デモを録り、当時やっていたバンドに提供したが、未完成という事でボツになっていた。5年ほど前にふと思い出し、新たに「冬の散歩道」となる部分を書き足した。アコースティック・ギターの一部にスタジオにあったナイロン弦とラリビーをレギュラー・チューニングで使用。

    5. 「転移」
    2日間のベーシック録りではそれぞれ20分程度の即興演奏も行った。全部収録しても良かったが、全体の構成から短縮版のみ収録することにした。完全版はまたいずれ、何らかの形で発表したい。

    6. 「ドゥーダッド」
    モータウン+7拍子、または「スラック」の7拍子パートをポップに仕上げたというべきか。曲名はゲスト参加の花村容寛とやっているバンド名から頂戴した。この曲はゲストも交えて5人で「せーの」で録った。

    7. 「今そこにある危機」
    またしても全編7拍子。ヘヴィな感じはゼッペリンかヘルター・スケルター。間奏の冒頭部はギター2人でシンメトリック・スケール(コンディミ)のメロディを分け合うサーキュレーション。

    8. 「かもめ」
    今作収録中で唯一の5拍子曲。当初はギター2人でソロをまわしていたが、違う音が欲しいと思い、フルートとバイオリン奏者に参加してもらった。フルートで参加してくれた坂本楽氏は、融解建築という京都の素晴らしいバンドのメンバーで、実は実際に会って演奏を聴く前に依頼した。バイオリンのノラ・ジャーメインはギター・クラフト仲間の妹で、昨年のタイニー・オーケストラル・モーメンツで知り合った。

    9. 「めまい」
    ZUMでは4年前くらいからやっていたが、今回が初CD化。タイトルはもちろんヒッチコックの映画から。
    基本シャッフル4拍子だが、間奏のみ3連符×10が3小節と3連符×4が1小節。

    10. 「月夜の舞踏」
    ずいぶん前からTUKTUKでやってきた4拍子の曲。音階はAハーモニック・マイナーをDから並べ替えたもの。





    2019.11.12 Tuesday

    『眞九郎』について その1

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      先月、自分のプロジェクト「眞九郎」のファースト・アルバムが発売になった。

      レコーディングは、基本メンバー4人によるベーシック・トラック録りを今年1月はじめの2日間で済ませ、その後5月にかけて散発的にゲストを交えながら音を重ね、6月にミックス〜マスタリング終了となった。

      そもそも眞九郎のコンセプトはというと、変拍子・奇数拍子+ファンクである。これはZUMが他人の楽曲からオリジナルに移行しようと模索していた頃、ロバート・フリップに「君たちのコンセプトは何だ?」と聞かれ、自問自答するうちで見つけたものだった。

      ZUMは結成当初、南米フォルクローレ、アルゼンチン・タンゴ、R&R、ビートルズなど、ギター・クラフト出身者らしからぬ意表を突いた選曲がウリだった。しかし、いくら異なるチューニングで四苦八苦して演奏していると言っても、ギターを知らない人からすると、シンプルな楽曲をただカバーしているにすぎない。それならもっと優れたバージョンがいくらでもある。

      それまでは、ギター・クラフトの中で他の連中がやらないことをあえてやっていたのだが、外の世界では特段面白いと思われないということだ。

      そうするなかで、外の世界にとっての自分たちの得意分野は何なのかを考えたところ、

      1.変拍子・奇数拍子
      2.ポリリズム&スラッキング
      3.ホール・トーン・スケール、ディミニッシュ・スケールの多用

      ということに行き当たった。

      これらはギター・クラフトではあまりに当たり前だったので、あえて避けてきたのだ。

      そのコンセプトに沿って最初に作ったのは「Grand Slalom(ZUM “In The Same Boat”収録)」。

      そして次に考えたのは、「自分が好きなのはプログレ以外にもR&Bやファンクだってある。ならば両方混ぜてしまえ。」という事だった。そうして出来たのが「Broken Funk (同上収録)」。

      いずれも予想以上に手応えがあったので、この路線を継続していこうということになった。

      しかしそんな頃、スペインに住んでいたルシアーノが故国アルゼンチンに帰ることになり、ZUMとしての活動ペースを落とさざるを得なくなってしまった。

      ならばいっそ、地元大阪でリズム隊も加えたバンドを結成してしまえ、と始めたのが『眞九郎』なのである。



      ZUM『In The Same Boat』


      『眞九郎』
      2018.07.10 Tuesday

      天賦の才

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        ある研究によると、音感やリズム感など音楽の才能は遺伝の影響が大きいのだという。

        自分の考えとは正反対なので、これは非常に興味深い話である。

        自分が音楽を始めた10代前半、「欧米人、とりわけ黒人は生まれつきリズム感が良い。」と信じ切っていた。しかし歳をとるにつれ、それは違うと思うようになった。そうではない人たちに大勢出会ったからだ。

        自分の考えでは、音楽の才能の60パーセントは環境が育み、30パーセントは本人がどれだけそれにのめり込むか、そして遺伝によるものなど、せいぜい10パーセントだと思っている。

        偉大な音楽家の子息だったとしても、生まれてすぐに音楽とは無縁の環境に育ったら、凄い音楽家になれるとはどうしても思えない。

        自分は小学校時代、ソフトボールの地元チームに参加した。人並みに練習したつもりだったが、ちっともダメだった。更に、中学高校は水泳部に所属していた。毎日結構練習したつもりだか、大会で全く成果を残すことはできなかった。

        その原因は、
        1. 専門のコーチがいなかった。
        2. 年中練習できる場所(冬でも泳げる温水プール)がなかった。

        などもあるが最大の原因は、それ程夢中でなかったのだと、ずいぶん後になって気がついた。

        例えば音楽なら、持っているカセットやレコード、そしてラジオで聴きまくり、それでも飽き足らず、人に借りまくり、さらにテレビで音楽番組が放映されようものなら、それこそテレビにかじりついて夢中で見たものだった。ギタリストがどう弾いているのか、バンドがどう演奏しているのか、それこそ一挙手一投足に注目していた。

        それに比べて水泳の場合、テレビ中継があってもなんとなく見ていた程度だった。そんな見方をしていては、微妙な違いがわかるわけがない。

        つまり、音楽家の子どもが音楽家になるというのは、生まれながらにして音楽に囲まれていて、かつそれに夢中になったからだと思う。さらに言えば、親のコネもあるので有利だ。

        もし、遺伝が影響しているとすれば、「音楽にのめり込む才能」だと思う。

        そう信じるのは、音楽家の家庭に生まれなかったが、やればできると自分に言い聞かせているだけなのかも知れない。
        2018.05.21 Monday

        買い物下手

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          自分は昔から、いつも買い物で失敗してきた。

          1.中学時代、小遣いと年玉を貯めてギターを買いに行ったが、何故か当初買おうと思っていたG社ではなく、Y社のギターを買ってしまった。この時は店員の強い薦めに負けてしまった。

          2.それから1年半後、今度はギターアンプを買いに行った。この時は雑誌広告や店頭で見てそのルックス、スペックで決めた。当時はろくなアンプを持っていなかったので、わからなくて当然だが、自分の好みの音とは全く違うと気づいたのは、高校に入ってリハスタに行くようになってからのことだ。

          3.さらに大学時代、それまで使っていたオーディオ(母のステレオ、それも今は懐かしいセパレートステレオを自分のもののようにして聴いていた。)をグレードアップすべく、手初めにスピーカーを買うことにした。この時もD社にしようと決めていたにもかかわらず、オーディオ店であれこれ見ているうちに、何故か候補にも上がっていなかったK社製を買った。家に届いていざ聴くと、どうも違和感がある。エージングをしたら良くなると友人から聞いたので、しばらく様子を見たが、きっと自分の耳が慣れただけだったのだろうと思う。

          4.いよいよCDが普及してきた頃、CDプレーヤーに加えてアンプも買ってセパレートステレオともおさらばしようと決めた。アンプの候補は二つあったが、事前に試聴してO社に決めて店に向かったはずが、何故かS社を買ってしまった。音、機能面でO社だと決めたのに、同じ価格で機能豊富なO社は何か問題があるのではと不安になったのだ。そんな事はなかったのにである。

          5.ハイパー円高時代、ロスアンジェルスに知人を訪ねて行く機会があったので、日本で買うより、はるかに安く買えるということで、前から欲しかったL社のアコースティック・ギターを手に入れようと思った。その知人によると間違いなく手に入るとのことだったのが、大型店の他何軒回っても狙っていたギターを見つけられなかった。せっかく米ドルに両替して来たからと、候補にも上がっていなかったT社のギターを買って帰った。何なら帰国したら売り払って、あらためて買い直したら利ザヤで損はしないだろうと思ったからだ。(しかし帰国数ヶ月にまさかのネックを折る事態が発生し、修理したものの、売っても二束三文だということで、今でも手元にある。)

          さて、失敗の原因は、
          1.店員に押し切られた→自分に知識と経験が不足していた。
          2.見た目、カタログのスペックで判断した→これも自分の経験不足
          3、4.店頭で音を聞いたにもかかわらず、何故か自分の耳が信じられなかった→ただの気まぐれというか、沢山の商品を見るうちに心変わりしてしまったというのは、買い物慣れしていなかったせいだろう。
          5.変な欲を出したのが間違いだった。

          結局いずれも経験不足だったという事だ。5.から20年が経ち、最近は失敗も少なくなったとはいえ、まだまだダメだ。人生最後まで修行と経験を重ねることが必要という事か。
          2017.12.26 Tuesday

          依存症

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            自分が子供の頃、依存症などという言葉は知らなかった。なので、昔はそんな言葉は存在しなかったのではないかと思っている。

            依存症という言葉を最初に聞いたのは、アルコール依存症だったと思う。それまでは、「アルコール中毒」という言い方しか知らなかったので、依存症と言われると少しマシに聞こえた。どこで線引きしているのか知らないが、何となく「依存症」は治癒の可能性があるが、「 中毒」は治らないような印象を受ける。

            さて、アルコール以外にも昔からいろんな依存症があった。ニコチン依存症、薬物依存症などだ。
            しかし、今では数え切れないくらい様々な依存症がある。

            ギャンブル依存症
            ゲーム依存症
            買い物依存症
            ネット依存症
            スマホ依存症
            性依存症…

            自分も一時期パチンコに夢中になり、やめるのに禁煙並みの苦労をしたので、それ以来一切やっていない。ゲームも然りである。

            例に挙げた通り、世間には色々な依存症があるが、今時の若者には信じられないであろう依存症もあるのだ。

            その名もレコード依存症という。

            それはまだ成人する前、小学校からの幼なじみがその依存症に罹った。

            そもそも彼は、レコード屋でバイトしたりする程の音楽好きだったが、小学生の頃から買ったレコードは全て、買った日時、場所をノートに記録するほどだった。そして中学生の頃からは、小遣いのほとんどをレコードに使うようになっていった。

            そんな彼は、浪人してからさらにレコードを買うようになっていった。

            そんな頃、彼は夜中に突然やって来て、こう言った。

            「ごめん、ちょっとこれを明日まで預かってくれへん?」と両手に抱えた紙袋を手渡された。

            何事かと思い、その荷物を確認すると、それは数十枚のレコードだった。

            実は、東京の大学を受験しに行ったが、受験日以外はあちこちのレコード屋を巡り、大量に買い込んでしまったと言うのだ。このまま親の待つ家に帰る訳にはいかないという事で、一旦レコードをウチに避難させ、翌日両親の留守の間に持ち帰るという作戦だった。

            そんな彼である、無事大学に合格するわけもなく、その後様々なバイトを転々とした。しかし、彼のレコード棚は増殖する一方だった。
            それもそのはず、処分品のエサ箱をあさっては、名前すら知らないミュージシャンのレコードを、ジャケットが気に入ったという理由だけで買っていたのだ。
            そんなわけで、彼のレコード・コレクションは20歳を過ぎた頃にはもう1000枚くらいに膨れ上がっていた。

            そんな彼も、結婚前にはレコードを大量に処分して、無事依存症から立ち直ったようだ。

            自分の場合、レコードは元々それ程持っていなかったが、それでも30年以上買い続けているので、それなりに増えてはいる。さらにCDもかなりの枚数になるので、両方あわせるととっくに彼の所有枚数を超えてしまった。さらに悪いことに、レコード棚、CDラックに未聴盤がなくなると不安でいてもたってもいられなくなるのだ。

            これは禁断症状なのかもしれない。

            中毒になる前に、件の彼にどうやったら依存症から抜け出せるのか聞いておく必要がある・・・。

            Selling England By the PoundRubberSoul

            同じアルバムを何度も買うようになったら、れっきとした依存症だろう。 Please Please MePeter GabrielCrimson King

            さらに悪いことに、今手元に残っている以外にも、何度か買っては手放している可能性が高い。

            なので、これは氷山の一角と考える必要がある。


            世界には様々なレコード依存者がいるのだ
             

            2017.06.13 Tuesday

            ミューズリー様さま

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              自分は胃腸が弱い。

              最初に調子が悪くなったのは、小学3年生の時だ。当時の担任は、教科書を忘れると怒鳴るわ殴るわの厳しい男だった。ある日、その日必要な教科書一冊を忘れたことに気付き、一時限目から不安で仕方がなかった。そのうち胃がキリキリと痛み出してきた。心配しすぎて胃が痛くなるなど知らなかったので、その後保健室へ行って休んでいたら、昼過ぎにはすっかり良くなって不思議に思ったものだ。

              また、当時の小中学校で男子が個室トイレに入ろうものなら、みんなにからかわれたので、学校では決して「大」はしないというのが普通だった。そんなわけで、みんな便秘気味だったのではないだろうか。

              さらに自分の場合、中学高校時代に正露丸を濫用したせいで、腸内の善玉菌も激減したのだろう。その後かなり長期に渡って便通が悪く、また腸内異常発酵と思しき事態も続いた。腸に良いとされるゴボウなどの根菜類を食べたり、またヨーグルトを食べて善玉菌を増やそうとすると、腸内でポコポコ音をたてて腹が張ってくるのだ。ガスを出してもまたすぐ張ってくる。それでも我慢して毎日食べ続けていると、さらには下痢が続くようになるので、自分には合わないのだろうと諦めていた。

              それが今ではすっかり調子が良くなった。

              それはミューズリーを食べ出してからのことだ。最初はやはり異常発酵〜下痢のパターンが続いたので、控えるべきかと思った。しかしある時、このままでは一生抜けられないだろうし、大腸ガンなどのリスクも高くなるに違いないと思った。それで、今度は異常発酵しようが下痢だろうが、一度それを乗り切るしかないのではないかと思ったのだ。

              最初の2週間くらいは相変わらずの調子だったが、それからはだんだん良くなってきた。そして数ヶ月後には絶好調になったのだ。

              以来、大好物の根菜も気にすることなく食べられるようになった。

              ただし、旬のタケノコ煮物が好きだからと、よく噛まずに大量に食べて、胃が痛くなるのは気をつけるしかない。


              これを牛乳とヨーグルト、そして季節の果物と一緒に食べる。

              JUGEMテーマ:コラム



              2017.01.26 Thursday

              後悔先に立たず

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                自分はやらないで後悔するより、やって後悔した方がマシだと考えている。しかし、あんなことしなければよかったと後悔したことも勿論ある。

                一番最近の例ではヘアトリートメントの使い方だ。
                少し前から髪の潤いが不足してパサパサになってきたので、あれこれ調べてちょっと高いトリートメントを使うようになった。さすがに高いだけあって、しっとりサラサラになる。しかし、何とか安く上げる方法はないものかと考えた。そう、最近は洗い流さないトリートメントなるものもあるではないか。だからシャンプー時ではなく、ドライヤー前にスタイリング剤感覚でつける事にした。そうすれば使う量も少なくて済むと考えた。

                しかしそれから数ヶ月経ち、髪が触れる部分の頰や額がかぶれるようになったのだ。洗い流して僅かに髪に残る程度のものが、たっぷりついたまま皮膚に触れ続けた結果だろう。もうそのトリートメントを使うことはできない。後悔先に立たずである。


                その次に思い出すのは、それから遡る事およそ15年、当時喉スプレーを愛用していた。長距離飛行の時や、レッスンで何時間も話し続けなければならない時にはなくてはならない存在だった。

                そんなある日、風邪をひいて喉の調子は絶不調だった。それで10分に一度位のペースで喉にシュッとスプレーしていたのだ。腫れた喉にすうっと気持ち良くてやめられない。そうするうちに声が出にくくなったので、さらにもう一回スプレーしたら、何と声がほとんど出なくなった。

                そう、用法を見ると1日数回迄と書いてあるにもかかわらず、数十〜百回位やっていたのだ。それから10年近く、すぐに声が枯れたり出にくくなるので、刺激物や喉に引っかかる飲食物は、控えるようになった。今でも完全には元に戻っていない。


                さらにもう一つ。
                20代前半はとにかく胃腸の具合が悪かった。常に腸内で異常発酵している感じで、腹が張って苦しいのだ。おならも異常に臭い。明らかに悪玉菌が多かったのだろう。なぜそんな事になったのか不思議だったが、ある時気がついた。

                自分は中学時代から、緊張するとしょっちゅう腹痛や下痢に見舞われていた。そんな時、友人から薦められた正露丸が最も頼りになる事がわかった。以来、ここ一番という時には必ず正露丸を飲んでいた。独特の強いにおいはあるが、少々の腹痛が起きてもこれを飲めば即おさまった。

                最初は用法用量を守っていたが、段々効かなくなってきたので、1.5から2倍位飲むようになった。おそらくそのせいで悪玉菌はおろか、善玉菌まで殺してしまっていたに違いない。

                勝手に用法用量を守らずに薬を飲むなど、愚の骨頂としか言いようがない。
                2016.12.28 Wednesday

                アルゼンチン食といえば

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                  海外から帰国するとよく尋ねられるのが、現地では何を食べていたかということだ。

                  やはり人間最大の関心事は食べることというわけだ。

                  イタリアならピザやパスタ、ドイツならソーセージにじゃがいも、アメリカならハンバーガー、スペインならパエージャなど、典型的な食べ物がある国も多いが、アルゼンチンはあまり馴染みがないので、余計にみんなが興味を持つところだ。

                  アルゼンチンを代表する料理はといえば、ずばりアサードである。アルゼンチンを旅したことのある人に聞けば、ほぼ同じように答えることだろう。それは、自宅の庭などにしつらえた専用の場所で調理する炭火焼肉のことである。広い場所で自然の草などを食べて育った牛だからだろう、引き締まった肉で香り、味ともに絶品なのだ。

                  日本で一般的な韓国風の焼肉との決定的な違いは、

                  1. 炭火と言っても燃えさかる炎で焼くのではなく、赤くなった炭で焼く
                  2. 厚切りの肉を時間をかけてじっくり焼く
                  3. たれ、ソースなどは一切使用せず、基本塩のみで味付け

                  ロースやカルビはもちろん、チョリソやモルチージャと呼ばれる腸詰めソーセージ、そしてモジェーハ(甲状腺)、チンチュリン(腸)といったホルモン等も焼く。大抵は一家の主が日本の「鍋奉行」のように火を起こし、火加減を気にしつつ肉を焼く。そして焼けた肉を皆に取り分けてくれる。

                  もちろん街中にもパリージャと呼ばれるグリル・レストランがあるが、家庭で週末に開催されるアサード・パーティの方がずっと楽しい。午後2時くらいから家族、親戚、友人、知人が集まって、これまた絶品のアルゼンチン・ワインを飲みながら、ゆっくり頂くのだ。

                  ルシアーノが言うには、アサード・パーティを催す時は、一人あたり1キロの肉を用意するそうだ。

                  そう聞けば、アルゼンチン人はさぞかし太っている人が多いのではないかと思われるだろうが、それが意外に少ない。おそらく、パンや米などの炭水化物をそれ程食べないからではないかと思われる。

                  日本で主食といえば、ご飯かパン、あとは麺類などの炭水化物を指すが、彼の地では炭水化物が主食など決してありえない。あくまでも肉料理、魚料理、野菜類がメインであって、炭水化物は付け合せかおまけみたいなものなのだ。

                  アルゼンチン人に大阪のうどん定食を見せたら、さぞかし驚くことだろう。


                  庭の一角にしつらえたアサードの為の場所


                  火をおこして準備






                  赤くなった炭から数十センチ離して調理


                  鍋奉行ならぬアサード奉行は大忙し

                  2016.12.01 Thursday

                  医学の進歩

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                    今年の1月、人生初の入院・手術を経験した。

                    これまで病気はもちろん、怪我や骨折で入院したこともなかったので、大ごとである。しかし、それにしても驚いたのは現代医療の発達ぶりである。

                    自分の場合、肺がん(左肺上部に約3センチの腫瘍: T-1b)が見つかり、手術を受ける事になった。腹腔鏡手術だったので、わき腹や背中に3箇所、各数センチ程度の切り口からカメラやマジックハンドを挿入し、左肺上部を摘出するというものだった。

                    午前中に手術、午後から一晩は集中治療室でベッドにいたが、翌朝には早くも病室に戻り、昼からは普通食になった。そしてとにかく歩けとの事だったので、朝昼2回は病院内を歩き回るようにした。最初の数日は点滴やらドレーンやらの管が体から出ていたので、動きにくく、また苦痛でもあったのだが、それらが外れるごとに楽になっていった。

                    もっとも苦しかった事といえば、術後、麻酔から覚めた瞬間、呼吸をしても息が吸えない感覚だった事だろう。オペ室のスタッフは指先にはめた酸素計測器では、充分に酸素が行き渡っているから安心しろと言ったが、あれは嘘だったと思う。行き渡っていたかもしれないが、おそらくせいぜい一割程度ではないかと思う。

                    最も痛かった事といえば、尿管を抜かれた時のことだ。普段は若いナースが世話してくれているが、この時ばかりはちょっとベテランのナースが「えいやっ!」と引き抜いてくれた(最も恥ずかしかった事であるかも知れない…)。

                    あらたな発見といえば、コーヒーには鎮痛作用があるという事だ。ある夜、それまで日ごとに痛みも和らいでいたのに、何故か疼いて眠れず、ナースを呼んで痛み止めを追加してもらわなければならないことがあった。考えてみるとその前日、前々日と毎食後には病室に持ち込んだドリップコーヒーを飲んでいたのだが、その日だけは自粛して緑茶にしていたのだ。その翌朝からはまたコーヒーを飲むようにしたら、そこまで痛むことはなくなった。

                    結局、入院期間はわずか2週間足らず、さらに退院1ヶ月後には何をしても良いとされたので、早速プールに泳ぎに行ってみたが、何も問題はなかった。

                    しかし、退院後最初の診察にて、向こう2年間は抗ガン剤を服用するよう強く勧められた。

                    この時はさすがに不安になって、医師にこう聞いてみた。

                    「すみません、それを飲むとハゲますか?」

                    以降、10ヶ月服用し続けているが、幸いにも我がバンドメイト達のようなヘアスタイルにはならないで済んでいる。

                    2016.08.16 Tuesday

                    AOR

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                      今年は元祖AOR、ボズ・スキャッグスの「シルク・ディグリーズ」発売から40年なのだそうだ。それにかこつけて関連アルバムが廉価版CDで続々と再発され、レコード・コレクターズでも特集が組まれている。

                      AORとはアダルト・オリエンティッド・ロック、すなわち大人向けロックの略とされるが、アメリカではアルバム・オリエンティッド・ロックとされ、日本で生み出された言葉だという説もあった。

                      かつて「30代以上の奴らを信用するな」なんてことも言われたが、いまやロックを聴いているのは40代以上のオヤジが中心だろう。
                      そういうわけでAORも、プログレ、ニュー・ウェイブ、オルターナティブなどと同様に、言葉の意味より音楽スタイルを表すものになっている。

                      さて、自分にとってのAORとは、
                      1. フェンダー・ローズ・ピアノ
                      2. ロー・ピッチにチューニングされたスネア
                      3. さりげないアコースティック・ギター
                      4. 単音または高音弦中心のエレキ・ギターによるバッキング
                      5. ネオン・サイン
                      6. サーファー

                      である。
                      そして自分にとってのAORプレイリストはこんな感じだ:

                      スティーリー・ダン「麗しのペグ」
                      イーグルス「言い出せなくて」
                      パブロ・クルーズ「アイ・ウォント・ユー・トゥナイト」
                      カーラ・ボノフ「ささやく夜」
                      プレイヤー「ベイビー・カム・バック」
                      10cc「トロピカル・ラブ」
                      ビー・ジーズ「愛はきらめきの中に」
                      ジェイムス・テイラー「思い出の町」
                      ウィングス「アロウ・スルー・ミー」
                      リンダ・ロンシュタット「アリソン」
                      ネッド・ドヒニー「恋は幻」

                      こうしてみると、ネッド・ドヒニーは別として、いわゆるAORに分類されるミュージシャンものはあまりない。

                      これらの曲が流行っていたのは、自分が小学6年〜中学2年の頃である。音楽に目覚めた頃でもあり、またギターを弾き始めた頃でもある。その後はハードなロック〜プログレなどに夢中になってゆき、AORなんて軟派なヤツらが聴く音楽だなんて言うようになった。だからこっそり聴いてはいたものの、あまり持ってはいなかったのだ。

                      そういう訳で、自分のレコード/CDラックには、あまり夏に聴きたくなるような音楽はなかった。しかし、先日とある熱帯夜に、パブロ・クルーズのカセット・テープがあるのを思い出し、手に怪我をしてまでクローゼットの中を引っかき回して、やっとの事でカセットを取り出した。しかし、いざ聴こうと思って巻き戻したら、テープが切れてしまった。

                      これはやはり夏、海辺、ネオンサインを想起させるような軟弱な音楽を聴いてはいけないということなのか。それとも軟派呼ばわりしたバチが当たったのかもしれない。
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